冬の日の断片。母との会話と、犬たちのいる風景
冷え込む季節と、漂う感覚
今日も明日も変わらず冷え込む季節です。春先の熊の気配をなんとなく感じながら、キーボードを叩いています。
近頃、ふと自分の体から、どことなくドブ川のような腐敗したような臭いを感じることがあります。原因は分かりませんが、まるで部屋に黒い澱(おり)が流れてきたかのような、どこか閉塞感のある感覚が付きまとっています。
繰り返される話題と、家族という距離
「寒いね」という言葉が、母との会話の決まり文句のようになっています。話題の乏しさからくるのか、それともお互いの鬱々とした気分が鏡のように映り合っているのか。うつというのは、本当に伝染するのではないかと感じることがあります。
そんな会話の中で、母は昔の思い出や「犬が欲しい」という話を繰り広げます。ポメラニアンかパピヨンか、先住の犬たちとの相性はどうか……。とりとめのない話を聞きながら、私はどこか自分自身が家族という枠組みから少しずつ離れていくような感覚を抱いていました。
一番近い存在であるはずの家族が、なぜこれほど遠く感じるのか。それは他人の過去を深追いしないように、お互いの踏み込んではいけない領域を無意識に守っているからなのかもしれません。
街角で見た、人と犬の関係
ふと、近所の愛想の悪いおばさんの姿を思い出しました。彼女には、手綱もなしに寄り添うゴールデンレトリバーの姿があります。
ずっとその人に寄り添う犬の姿は、見ている分には微笑ましいものです。犬が彼女の癒しになっているのなら、それだけで良いことなのだろうと思います。
ただ、母の話では「犬には何もしていないのに、決まった時間に泣かせてしまう」ような飼い主もいるのだとか。愛し方の形は、本人にしか分からないものですね。
冷え切った冬の空気の中で、人と人の距離感や、言葉にできない孤独について、そんなことを考えている一日です。